「持っているマンションを、このまま貸し続けるべきか。それとも売ってしまうべきか」。東京23区にマンションを持つオーナーの間で、こうした迷いが実際の行動として表れ始めています。
不動産調査会社の東京カンテイは2026年7月30日、分譲マンションの「二次流通市場」に関する調査結果を公表しました。二次流通市場とは、いったん分譲されたマンションが賃貸に出されたり、中古として売り出されたりする市場のことです。この調査から浮かび上がったのは、賃貸に回さず売却を選ぶオーナーが増えているという傾向でした。

東京23区の分譲マンション、賃貸より「売却」を選ぶオーナーが増加
東京カンテイの調査によると、全国の分譲マンション二次流通市場の総戸数は2024年第1四半期に156,855戸とピークを打ち、その後は主に賃貸戸数の減少によって水準を下げています。2025年第4四半期の総戸数は143,414戸で、このうち賃貸戸数は38,518戸、賃貸戸数のシェアは26.9%でした。
このシェアは2024年第1四半期には30.5%ありましたので、7四半期のあいだに3.6ポイント縮小した計算になります。
東京23区に限ると、この動きはさらに明確です。同社によれば、東京23区の分譲マンション賃貸戸数は2013年以降、四半期あたり1万戸前後で安定して推移していました。それが2021年を境に投資ニーズの高まりを受けて増加し、2022年から2024年の第1四半期にはいずれも1.4万戸を超える水準に達します。ところが2024年に入ると前年同期を下回り始め、直近では四半期ベースで1万戸台まで水準を下げています。
その一方で、中古として売り出される戸数は築年数が比較的浅い物件を中心に増える動きを示しています。日本経済新聞は、この調査結果をもとに東京23区の賃貸割合が6年ぶりの低さになったと報じています。
なお東京23区は、主要都市を対象とした分譲マンション賃貸戸数のランキングで突出した第1位です。次点の大阪市はその3分の1にも届きません。母数がこれだけ大きいエリアで起きている変化ですから、市場全体への影響も小さくないと考えられます。
コワニ背景にある中古マンション価格の高騰
東京23区の中古マンション価格の推移
賃貸から売却へとオーナーの判断が傾いた最大の理由は、中古マンション価格の上昇幅が賃料の上昇幅を大きく上回ったことにあります。
東京カンテイが2013年第1四半期を100として算出した指数で比べてみましょう。2025年第4四半期時点の東京23区の分譲マンション賃料(1平方メートルあたり)は、「築5年以内」が160.2、「築10年以内」が151.0、「築20年以内」が157.7、「築30年以内」が156.4でした。築30年までの賃料水準は、アベノミクス以降でおよそ1.5倍になった計算です。
賃料そのものは決して弱くありません。「築10年以内」の賃料は、2019年第4四半期の1平方メートルあたり月額4,312.8円から、2025年第4四半期には5,265.6円まで上がっています。
しかし、同じ期間の中古マンション坪単価の指数を見ると景色が変わります。2025年第4四半期時点で「築5年以内」が329.1、「築10年以内」が339.4、「築20年以内」が371.6、「築30年以内」が336.0と、いずれも3倍を超えていました。賃料が1.5倍になる間に、価格は3倍以上になっていたわけです。
なお、これらの指数は同じ部屋の値動きを追ったものではなく、その時々に市場へ出てきた事例を集計した平均値です。とはいえ築年帯ごとに区分した比較ですので、賃料と価格の伸び方の差が大きいという傾向自体は確かなものといえます。



値上がり益を狙う「出口戦略」への注目
この差が意味するのは、家賃収入を積み上げて回収する速度よりも、売却で得られる差益のほうが大きくなったということです。
数年前に取得した物件の価格が大きく上がっているのであれば、何年も貸し続けて得られる家賃の累計を、一度の売却で上回ってしまう可能性があります。インカムゲイン(家賃収入)中心の運用から、キャピタルゲイン(売却益)を意識した判断へと重心が移るのは、ある意味で自然な流れといえます。
東京カンテイも、東京23区の中古マンション市場では都心部を中心に価格上昇トレンドに一服感が出始めていることから、物件オーナーの中には今が最大の売却益を得られるタイミング、あるいは損失を最小限に抑えられるタイミングと捉え、保有スタンスを変え始めている可能性を指摘しています。


6年ぶりの低水準 賃貸割合はなぜ下がったのか
賃貸割合が下がった理由は、「賃貸に出す部屋が減った」ことと「売りに出す部屋が増えた」ことの両方にあります。
まず、賃貸に出す動機が弱まりました。価格が上がったということは、投資額に対する利回りが下がったということでもあります。賃料が1.5倍にとどまる一方で価格が3倍になったのですから、これから買って貸そうとする人にとっての表面利回りは、計算上は大きく低下することになります。すでに保有している人にとっても、大きな含み益を抱えたまま低い利回りで運用を続ける合理性は薄れていきます。
次に、売る側の条件が整いました。首都圏の中古マンションが売り出されてから成約に至るまでの期間は、2025年上期が4.74カ月、下期が4.48カ月と短くなっています。5カ月を下回る水準で推移しており、売りたいときに売れる環境が続いていることを示しています。
さらに、東京23区特有の事情として定期借家契約の存在があります。東京23区の定期借家シェアは34.4%と全国的にも突出して高く、大阪市の12.8%とは大きな開きがあります。定期借家契約は契約期間の満了によって更新されることなく終了しますので、転勤や住み替えで一時的に貸し出していたオーナーが、期間満了のタイミングでそのまま売却へ切り替えやすい構造になっているのです。
「貸し続ける」か「売る」か それぞれの選択肢を比較
賃貸運用を続けるメリットと注意点
賃貸を続ける最大のメリットは、毎月の家賃収入が継続的に入ることです。東京23区の分譲マンション賃料は2026年6月時点で1平方メートルあたり5,118円と高い水準を保っており、賃貸需要の厚さも23区の強みです。将来さらに価格が上がれば、そのときに売るという選択肢も残ります。
一方で注意点もあります。管理費や修繕積立金は年々上昇する傾向にあり、築年数が進めば設備の交換や原状回復の費用も膨らみます。金利が上昇する局面ではローン返済額が増える可能性もあります。加えて、賃貸に出している期間が長くなると、税制上の優遇が使えなくなるケースがある点にも留意が必要です。
売却して利益を確定するメリットと注意点
売却のメリットは、含み益を現金として確定できることです。相場は変動するものですから、高値圏で確定させておくという判断には一定の合理性があります。管理の手間や、空室・滞納といったリスクからも解放されます。
ただし、売却益には税金がかかります。個人が不動産を譲渡した場合の所得税・住民税の税率は、譲渡した年の1月1日時点で所有期間が5年を超えているかどうかで大きく変わり、5年以下の短期譲渡では税負担が重くなります。また、自分が住んでいたマイホームを売る場合には、譲渡所得から最高3,000万円を控除できる特例があります。以前に住んでいた家屋については、住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却することが要件で、国税庁の説明によれば、その間にどのような用途で使っていたかは問われません。つまり、転勤などで一時的に貸し出していた場合でも、この期限内であれば適用の対象になり得ます。一方、はじめから投資目的で取得し、自分が住んだことのない物件はこの特例の対象外です。ここでは一般的な制度の説明にとどめますので、実際の判断にあたっては税理士や所轄の税務署に個別にご確認ください。
売却を検討する前に確認したい3つのポイント
1つ目は、売り出し価格の設定です。東京カンテイの調査では、首都圏の2025年下期における中古マンションの価格乖離率、つまり売出価格と成約価格の差の比率はマイナス6.22%でした。売却期間別に見ると、1カ月以内で成約した物件の乖離率はマイナス2.32%にとどまる一方、8カ月以上かかった物件では10%を超えています。相場から離れた強気な価格でスタートすると、結局は大きく値下げすることになりかねません。
2つ目は、時間軸です。同じ調査では、売り出しから1カ月以内に成約したケースが22.7%、3カ月以内の累計が50.8%、6カ月以内の累計が73.8%でした。裏を返せば、最初の3カ月で決まらなければ長期戦になる確率が高いということです。宅地建物取引業法で専任媒介契約・専属専任媒介契約の有効期間の上限とされている3カ月を一つの区切りとして、価格戦略を見直す姿勢が求められます。
3つ目は、賃貸中のまま売るか、空室にしてから売るかという判断です。入居者がいる状態で売る場合は買主が投資家中心となり、利回りをもとに価格が決まります。空室にしてから売る場合は自分で住みたい層も買主候補になり、価格は高くなりやすい一方、空室期間の家賃は失われます。どちらが有利かは物件と時期によって異なりますので、複数の不動産会社に査定を依頼して比較することが有効です。


今後の東京23区マンション市場を読むうえでの注意点
ここまで見てきた「売りシフト」は、市場が上昇し続ける前提の話ではありません。むしろ、変調の兆しも出始めています。
東京カンテイによれば、2026年6月の東京23区の中古マンション70平方メートル換算価格は前月比0.8%下落の1億2,741万円となり、26カ月ぶりにマイナスへ転じました。都心部では下落が続き、価格改定、つまり売り出し後に値下げを行った物件の割合が過半数を占めるまで拡大しています。
つまり、オーナー側が今が売り時と判断して売却に動く一方で、買い手側は価格の高さに慎重になり始めているという構図です。売り物件が増えれば需給は緩み、価格の調整圧力はさらに強まる可能性があります。
同時に、賃貸に回る部屋が減ることは、賃貸市場の需給を引き締める方向に働きます。分譲マンションを借りたい層にとっては、選択肢が減り家賃が上がりやすい環境になることも考えられます。売り手・買い手・借り手のいずれの立場でも、この構造変化は無関係ではありません。





まとめ
東京カンテイの調査が示したのは、東京23区の分譲マンションオーナーの行動が「貸す」から「売る」へと傾いているという事実でした。背景には、築30年までの物件で賃料がおよそ1.5倍にとどまる一方、価格は3倍以上になったという、上昇度合いの決定的な差があります。
ただし、これは「今すぐ売るべきだ」という結論を意味するものではありません。都心部では価格の頭打ち感も出始めており、市場は転換点にさしかかっている可能性があります。
大切なのは、相場の数字を眺めるだけでなく、ご自身の物件の残債、税金、そして今後の使い道まで含めて総合的に判断することです。売却期間の統計が示すように、動くと決めたなら最初の3カ月が勝負になります。その準備をしておくかどうかで、結果は大きく変わってくるはずです。
※出典:株式会社東京カンテイ プレスリリース(Kantei eye 127「分譲マンション賃料マーケットの徹底研究」および「中古マンションの価格乖離率&売却期間」2026年7月30日、「中古マンション70平方メートル価格月別推移」2026年7月23日、「分譲マンション賃料月別推移」2026年7月16日)








